最近の車には、人や物を自動車が自分で感知して自動的にブレーキをかける「自動ブレーキ」が次々に採用されてきて、実際に自動車事故自体が大幅に減少しています。
自動ブレーキを含んだ「自動運転技術」は、日々、世界的に進歩していて、近い将来には、車の運転を人が全く関与することなく行う技術が開発されることが予想されます。
自動運転のレベル
日本政府の自動走行システム研究開発計画書における定義では、自動運転のレベルを5段階に分類して、2017年には官民ITS構想・ロードマップに正式に記載する見込みです。
*ITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)
レベル | 概要 | 運転の監視・対応主体 |
レベル1 運転支援 | システムが加速・操舵・制御のいずれかを操作を行う。 | 運連者 |
レベル2 部分運転自動羽化 | システムが加速・操舵・制御のうち複数の操作を一度に行う。 | 運転者 |
レベル3 条件付き運転自動化 | システムが加速・操舵・制御の全てを行い(限定されて場所のみ)、必要な場合だけ運転者が操作する。 | システム(必要な場合のみ運転者が行う) |
レベル4 高度運転自動化 | システムが加速・操舵・制御の全てを行い(限定されて場所のみ)、運転者は全く運転に関与しない。 | システム |
レベル5 完全運転自動化 | システムが加速・操舵・制御の全てを行い、運転者は全く関与しない。 | システム |
日本政府は2020年までに「レベル4」の実現を、また、2025年までには「レベル5」の実現を目指していますが、現実にはどうでしょうか。
実際に完全自動運転で公道でを走るには、道路交通法などの改正が必要であり、全ての公道で実施するには、かなり無理があると思われます。
完全自動運転実現のための問題点
完全に人が関与しない「完全自動運転」を公道で行うには、まず道路交通法などの法律が対応できていません。
これは、世界中の国が交通法規作成の拠り所にしている「ジュネーブ道路交通条約」や「ウイーン道路交通条約」が完全自動運転を想定しては作られていないためです。
また、日本の「道路交通法」でも運転者に安全運転義務が課されていて、「ハンドルやブレーキなどを確実に操作する義務」がありますので、完全自動運転実現には、この「道路交通法」を改正する必要があります。
〇ジュネーブ道路交通条約
1949年のジュネーブ国際会議で作成された条約で、(日本は1964年に加盟)キープレフトの原則や左折方法など、車で走行するうえでの基本的なルールを定めたおり、日本で取得した運転免許で他の加盟国でも運転できるのは、この条約に加盟しているからです。
〇ウイーン道路交通条約
1968年のウイーン国際会議で作られた条約で、ジュネーブ道路交通条約と並んで有効な条約で、こちらの条約の方を重視する国が多く、ジュネーブ道路交通条約よりも実質的に主流となっています。(ウイーン道路交通条約に日本は加盟していません)
事故発生時の責任は
自動運転の各レベルにおける事故発生時の賠償責任について考える上で、対人事故や対物事故発生した場合の法的な関係を理解する必要があります。
日本の損害賠償の考え方は、原則、民法709条の「故意または過失によって他人権利または、法律上保護される権利を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」を根拠にした「過失責任主義」が採用されていますが、対人事故の場合は、自動車損害賠償保障法により、被害者救済が図られている点が他の国とは異なっています。
一般財団法人日本損害保険協会は2016年6月に自動運転の法的課題について報告書をまとめていて、自動運転のレベル3までは、現在の法律に基づく損害賠償責任の考え方で適用可能としています。
また、レベル4以上とは、全ての操作をシステムが行い、ドライバーが全く運転に関与しないため、損害賠償責任のあり方を検討する必要があるとしています。
まとめると以下のとおりになります。
自動車損害賠償保障法と民法の組み合わせにより対応が可能と考えられる。
〇レベル4以上
国際的な議論などを踏まえ、自動車に関連する法律をに見直したうえで、損害賠償責任のあり方を検討する必要がある。
自動運転レベル4以上と損害賠償責任
自動運転のレベル3までは、現在の自動車損害賠償保障法や民法での対応が可能なことから、自動車保険の対人賠償保険や対物賠償保険の適用が可能と考えられますが、レベル4以上の自動運転についての現在の自動車保険での対応状況を考えてみます。
完全自動運転の場合は、自動車の走行に人が全く関与していないため、事故が発生した場合に、誰がその責任(損害賠償責任)を負うのかが重要になってきます。
自動運転で想定される特有の事故のケースは、自動運転のシステムが原因の場合と外部要因(ハッキングなど)が原因の場合とが考えられます。
システムが原因の事故
システムが原因の事故には、自動運転システム自体の誤作動や、道路インフラなどが原因の事故などが考えられます。
自動走行システムの誤作動が原因の事故
自動走行システムの誤作動には以下のケースが考えられます。
①地図システムやセンサーシステムの誤りが原因で、自動走行システムが誤認識をして起きた事故
②異常高温や低温・寒冷地などが原因でシステムが誤作動を起こした結果の事故
③ADASによる認知判断誤りが原因の事故(対象物を見誤ったことが原因の追突事故など)
④法定点検やシステムのメンテナンスなどをを受けずに誤作動を起こした事故
*ADASとは先進運転支援システムのことです。
システムの誤作動などが原因で起きた事故の場合、賠償責任を負うのは、その原因により自動車メーカーや自動運転システム開発会社などですが、法定点検やシステムのメンテナンスを怠った場合などは、ドライバーや車の所有者が損害賠償責任を負うことになります。
道路インフラが原因の事故
自動走行システムでは、道路の白線を認知して走行するのが主流ですが、道路の白線は、なんらかの原因で消えていたり、見えなかったりしますので、その原因により、誰が損害賠償責任を負うかが決まります。
①道路自体のメンテナンスが原因で白線が消えて起きた事故
②道路工事などで白線が消えていたり、隠れていたために起きた事故
③子供がいたずらで道路に絵を書き、自動運転システムが誤作動した事故
道路の白線が消えていたり、隠れていたことが原因の事故は、その原因により、道路を管理している自治体や管理業者及び工事業者などが賠償責任を負うことになりますし、子供のいたずらなどが原因の事故は、子供の親権者が賠償責任を負うことが考えられます。
ハッキングなどが原因の事故
外部的要因として、自動運転システムへのハッキングによる誤作動が原因の事故が考えられます。
自賠責保険や対人賠償保険では、システムへのハッキングが原因の事故は、支払い対象になると考えられますが、そもそもそれらを想定して作られた保険ではないので、「約款」などの改正が必要になります。
自動車保険以外の保険での対応
完全自動運転で起きた事故の場合、ドライバーや車の所有者に責任がなく、損害賠償責任を負わない場合は、自動車保険の支払い対象になりませんが、製造した自動車メーカーや、自動運転システムを開発した業者が責任を負う可能性がありますが、その場合には自動車メーカーやシステム制作会社などが加入している生産物賠償責任保険(PL保険)の支払い対象になります。
まとめ
完全自動運転が全ての道路で走行可能になるには、自動運転のシステム開発だけでなく、完全自動運転に必要な道路インフラなどが全て揃わなければならないので、当面は高速道路や国道などの道路のメンテナンスが行き届いた道に限定されると思われます。
しかしながら、自動運転の技術は日々進化していて、近い将来完全自動運転が実現するのは確実と思われますが、事故が起きた場合の損害賠償背責任を誰が負担するかなどの解決すべき課題はまだまだ多く存在します。
2017年4月26日に国土交通省が作成した「自動運転における損害賠償責任に関する研究会論点整理」によれば、人身事故に関しては、従来通り自動車保険で支払いをした後に、その事故の責任に応じて、損害保険会社から自動車メーカーやシステム開発会社に求償するしくみを構築する案などが出されています。
高齢者の運転操作ミスによる交通事故が多発している現状では、早急に完全自動運転が実現するよう、法的な整備を急いで欲しいものです。