人身事故の被害者になった場合、加害者の自動車保険の対人賠償責任保険から、治療費などの補償を受けることができますが、対人賠償責任保険は、あくまで自賠責保険の上乗せ保険なので、自賠責保険の支払い基準に対人賠償責任保険の支払い基準を加味した金額が支払われます。
人身事故の被害者になった場合に自動車保険(対人賠償責任保険)に請求できるものは、大きく分けて「治療関係費」、「付随費用」、「慰謝料」、「休業損害」の4つに分類されます。
人身事故で被ったケガの治療に必要な「治療関係費」
対人賠償責任保険で支払われる治療関係費とは、被害者がケガの治療をするために必要な費用のことで、11項目に分類されます。
人身事故で被ったケガの投薬料・手術料・処置料など
人身事故でケガを被り、医療機関などで治療のために必要な投薬料や手術料、処置料、注射料、レントゲン検査料など、ケガを被った部位や程度に応じて、医師のの指示に基づき行われた費用が支払い対象になります。
病院などで処方される薬以外の、市販の薬を購入する料金は、医師の指示がある場合に限り認められますので、事前に加害者が加入する自動車保険の人身事故担当者に相談するといいでしょう。
事故現場などでの応急手当費
人身事故の現場などで、ケガの悪化防止などのために、緊急的に行った応急手当(心停止などの対応処置や、出血を止めるために行った作業など)に必要な費用が支払い対象になります。
具体的には、人身事故の被害者が心停止になり、緊急的に使用したAED(自動体外式除細動器)の代金や、止血のために使用した毛布やタオル、シーツなどの購入費用などが支払い対象です。
入院費
人身事故で入院を余儀なくされた場合の、入院室料や看護料、給食料などが支払われますが、個室の使用料などは、一定の条件があります。
病院の個室使用について
個室(一人部屋や二人部屋)を使用するための差額室料については、医師の指示によるものであることが条件になりますが、個室以外が満室で、暫定的に使用した場合や、被害者の社会的地位などを考慮した場合などは、認められることがあります。
歯科治療費
人身事故により、歯牙欠損(歯が折れたなど)の被害を被った場合は、歯科治療費が支払われます。
車のエアバックの普及により、以前より減少しましたが、交通事故でアゴや歯にダメージを受けることが多く、歯科治療などが必要になる場合があります。
具体的には、歯牙欠損の治療だけでなく、義歯のための費用や、歯列矯正などの費用が医師の指示のある場合に、その費用が認められます。
柔道整復等の費用
柔道整復等の費用とは、被害者のケガの治療上必要と認められる柔道整復師、あんま、マッサージ、ハリ・きゅう師などに支払う費用のことです。(法的な資格のないカイロプラティックなどは該当しません)
柔道整復師とは
昔から「ほねつぎ」「接骨師」として広く知られ、現在は高校卒業後、厚生労働省の許可した専門の養成施設(三年間以上修学)か文部科学省の指定した四年制大学で解剖学、生理学、運動学、病理学、衛生学、公衆衛生学などの基礎系科目と柔道整復理論、柔道整復実技、関係法規、外科学、リハビリテーション学などの臨床系専門科目を履修します。
国家試験を受け、合格すると厚生労働大臣免許の柔道整復師となります。
資格取得後は、臨床研修を行い、「接骨院」や「整骨院」という施術所を開業できます。また、勤務柔道整復師として病院や接骨院などで働くこともできます。柔道整復師の業務
接骨院や整骨院では、柔道整復師によって、骨・関節・筋・腱・靭帯などに加わる急性、亜急性の原因によって発生する骨折・脱臼・打撲・捻挫・挫傷などの損傷に対し、手術をしない「非観血的療法」によって、整復・固定などを行い、人間の持つ治癒能力を最大限に発揮させる治療を行っています。
*㈶日本柔道整復師会のHPより引用
温泉療養費
温泉療養費とは、被害者の治療上必要と認められた、温泉療養の診察料や滞在宿泊費、温泉療養に行くための交通費などが支払われます。
温泉療養費が認められる条件は、医師が必要と認め、医師の指導する医療機関の付属療養所で療養することが必要となりますので、温泉旅館などでの治療は対象になりません。
交通費
被害者が入退院や転院、通院するために必要な交通費のことで、基本的には公共の交通機関を利用しての金額が対象になりますが、ケガの状態によっては、タクシー代も対象になることもありますので、加害者の人身事故担当に相談をしてみてください。(看護人が必要な場合は看護人の交通費も対象になります)
遠距離の通院などは、被害者の住まいの近くに治療可能な医療機関がない場合や、主治医が他の医療機関の受診を指示したなどの理由があれば認められます。
マイカーで通院した場合は、ガソリン代として、1㎞あたり15円程度の請求ができるほか、マイカーの燃費と医療機関までの距離で計算することも可能です。
看護料
看護料は医療機関の看護が受けられれば認められませんが、基準看護の医療機関でも看護師不足などの理由で、看護が不十分な場合は認められます。
看護料は、職業看護人(家政婦など)を必要な場合は、その地区の家政婦料金が認められ、親族による看護の場合は入院1日あたり5,000円~7,000円が支払われますし、医療機関までの交通費も支払い対象になります。
また、親族が看護のために仕事を休み、休業損害が発生した場合も、証拠となる書類を提出すれば認められます。
諸雑費
諸雑費とは、被害者の入院や治療に必要なものの購入費や、レンタル料、通信費、医師の指示による栄養剤などの購入費などがありますが、手続きが煩雑になるため、1日あたり1,500円前後の定額払いが主流になっています。
義肢などの費用
被害者が人身事故の結果として、義足や義肢、義歯や眼鏡、補聴器などの必要性を医師が認めた場合は、その購入費用が支払われます。
また、義肢などの使用が将来にわたって必要な場合は、一定の買い替え費用も認められます。
文章料など
ケガの程度や損害などを立証するために手配した書類の発行手数料のことであり、実際に支払った文章料などが支払われます。
具体的には、診断書や診療報酬明細書、後遺障害診断書、死亡診断書、交通事故証明書、被害者の印鑑証明書、住民票、戸籍謄本などを取り付ける費用が支払われます。
治療関係費以外の費用
治療関係費以外の費用については、交通事故と因果関係があることが支払いの条件となります。
近親者の現場急行費用
遠隔地などでの交通事故の時、近親者が現場に駆け付けるための費用で、往復の交通費と宿泊費などが支払われますが、被害者のケガの程度や年齢などを考慮して、必要と認められた場合に支払われますので、単なる「お見舞い」の場合は認められません。
救助捜索費
被害者を救助したり、捜索するための費用であり、崖から車と一緒に転落した場合に被害者を救助する費用や、捜索のために近隣の人の助けを借りて捜索する費用などが該当しますが、崖から転落した車を引き上げる費用は、対物賠償責任保険で支払うことになります。
護送費用
事故現場から医療機関まで被害者を護送するための費用や、護送の時にタンカや車などを汚した場合などに支払う費用であり、事故との因果関係を考慮して支払われます。
将来の支出が見込まれる費用
交通事故の治療が完了しても、将来的に発生する費用のことで、歯科治療や形成手術、再手術などが該当しますが、それに伴う看護料も含まれます。(医師の診断書により判断されます)
尚、将来支出される費用なので、1年を超える将来の治療費の場合は、中間利息分を控除されます。
中間利息とは、将来に発生する費用を予め支払った場合に、その受け取った保険金を運用して得られる利益のことで、現在は法定利息の5%が費用が発生するまでの運用利益として、支払い保険金から控除されます。
この5%について、現在の低金利環境では、あまりに高すぎるとの意見があり、2020年ころには3%に変更されそうです。(実質的に受け取れる保険金が増えることになります)
学業補修・家庭教師費用
交通事故による学力低下防止や学力回復のために、特別授業を受けたり家庭教師を依頼した場合の費用のことで、被害者が小学生、中学生、高校生で、学校をケガの治療で長期欠席して、学力が明らかに低下した場合に認められます。
留年による費用
交通事故が原因で留年をしてしまった場合の授業料や、通学交通費、教材費などの費用で、留年自体に、事故との因果関係が明らかな場合にのみ認められます。
通勤・通学のタクシー代
ケガの部位や程度により、電車やバスなどの公共交通機関が利用困難な場合に、通勤・通学にタクシー利用が認められ、タクシー代が交通費として支払われます。
かつらの購入費用
交通事故によるケガなどで、頭髪が損傷されたり、手術のために頭髪が剃られたりした場合に、かつらの購入費用が支払われます。
ただし、交通事故以前から装着していたかつらが損傷した場合は、対人賠償責任保険ではなく、対物賠償責任保険で支払われます。
第三者の立替費用
第三者が支払った立替費用は、交通事故との因果関係が認められれば、支払い対象になります。
観光旅行や結婚式などのキャンセル費用
交通事故が発生したことが原因の観光旅行や結婚式などのキャンセル費用は、交通事故との因果関係が明らかな場合に支払い対象になります。
キャンセルすらできなかったために、旅行費用全額が損害になってしまった場合などは、被ったケガの程度などを考慮して、不可抗力と判断できるものについて、支払い対象となります。
献血の謝礼
交通事故が原因のケガで、輸血を必要とする手術を行い、友人などから献血を受けた場合に、献血の謝礼として支払う謝礼金が認められます。(1回5,000円程度)
人身事故のケガの慰謝料
慰謝料については、その認定基準が自賠責保険基準と自動車保険基準(任意保険基準)、弁護士基準と3通りありますが、ここでは、人身事故によるケガに対する慰謝料の自賠責基準について説明します。
尚、各規準の支払い額の大小は 自賠責基準<自動車保険基準<弁護士基準 となります。
交通事故によるケガなどの慰謝料は、治療期間中に被った肉体的・精神的苦痛による損害のことであり、慰謝料の金額は、ケガの部位や程度、治療期間、入院通院日数などを考慮して支払われます。
交通事故で被ったケガの慰謝料
交通事故でケガを被り、治療のために入院や通院をした場合には、治療日数に応じて、ケガに対する慰謝料が支払われます。
入院は入院期間、通院は実通院日数を2倍したものと、治療にかかった実治療日数を比べて、どちらか少ない日数が適用されます。(1日あたり4,200円)
例えば、入院日数10日と通院日数30日で、実治療日数が90日とすると、
入院10日+(通院30日×2)<90日となり、70日×4,200円(294,000円)が認定されます。
この慰謝料の計算方法は、医療費が自賠責保険の限度額120万円以内の場合で、120万円を超えますと任意保険基準が採用されます。(任意保険基準は損害保険会社で異なりますが、概ね以下の通りです)
入院 | 1ヶ月 | 2ヶ月 | |
通院 | 25.2万円 | 50.4万円 | |
1ヶ月 | 12.6万円 | 37.8万円 | 63.0万円 |
2ヶ月 | 25.2万円 | 50.4万円 | 73.0万円 |
3ヶ月 | 37.8万円 | 60.4万円 | 82.0万円 |
*月単位の表ですが、端日数は日割りで計算されます
実治療日数とは、治療を開始した日から、治療が終了した日までの日数のことです。
休業損害
休業損害とは、交通事故のケガの治療のために、会社を欠勤または、休業したことにより、収入が減少した金額のことを指します。
有職者の場合(収入がある人)
事故によるケガなどの治療にために就業ができず、実際に収入が減少した事実があった場合にその減少した収入を休業損害として認定されます。
休業損害の認定条件は、実際に収入が減少したことが前提となりますので、勤務先から「休業損害証明書」などを取り付けて、提出を求められます。
具体的には、事故の前の3か月間の給料(本給+付加給)の1日分を算出して、休業した日数分の支払いを受けることができます。
付加給とは本給以外の変動給のことで、歩合給や残業手当、皆勤手当、家族手当、住宅手当などで、通勤手当などは該当しません。
専業主婦の場合
専業主婦の場合は、実際に賃金はもらっていませんが、家事労働の対価として、1日5,700円が休業損害として認められます。
支払ってもらえる日数は、実治療日数ではなく、ケガをした部位や程度に応じて、家事ができなかった日数が計算され、それに対して1日5,700円が休業損害として支払われます。
無職の場合
無職の場合は、実際に休業損害が発生していませんので、休業損害は認められませんが、就職が決まっていたが、交通事故の治療のために働くことができなかったなどの理由があれば、認められる場合があります。
まとめ
交通事故で被害者になり、ケガの治療をする場合、いろいろな費用が発生しますが、その費用を加害者の加入している自動車保険に請求することになります。
その時に頼りになるのが、人身事故の担当者ですが、全ての担当者が親身になってアドバイスをしてくれるとは限りません。
なぜなら、人身事故の担当者も損害保険会社の社員であり、当然業務上の制限や支払い抑制の目標があり、支払い保険金を少なくするよう指導されています。
特に人身事故の場合、支払う保険金を自賠責保険の支払い限度額内に収めれば、対人賠償責任保険を使う必要がなくなるので、損害保険会社全体の収益を確保することができるのです。(自賠責保険は国が運営している保険なので、いくら保険金を支払っても損害保険会社の収益には関係ありません)
交通事故でケガをして、その治療に必要な費用は、遠慮なく人身事故担当者に支払いを要求すべきであり、その支払い可否については、納得のいくまで交渉をして、万全な対応を要求しましょう。
全ての損害保険会社には契約者からの苦情を受け付ける専用電話番号が準備されていて、その苦情に対しては、いいかげんな対応が許されない体制がとられています。(金融庁検査の対象にもなっています)
もし人身事故の担当者が親身な対応をしなかった場合は、その損害保険会社の苦情受付専用電話番号に訴えれば、ガラリと対応が変わることも決して珍しくありません。
損害保険会社が人身事故交渉に使う支払い基準は、自賠責保険基準をベースにした任意保険基準ですが、提示された保険金に納得ができない場合は、弁護士に交渉を依頼しましょう。
弁護士が交渉に使う弁護士基準は、損害保険会社が使う任意保険基準より高額になりますので、弁護士に弁護士費用を支払っても受け取れる保険金は大幅に増えることになりますし、煩わしい交渉も一任できます。
実際損害保険会社は、人身事故の交渉に弁護士が介入してくると、保険金を支払う準備金(支払い備金といいます)を大幅に増額するくらいなので、弁護士に交渉をお願いするのは効果があります。